夕立



 コンビニから出ると、すっかりなりを潜めた太陽の代わりに尊大な湿気が出迎えてくれた。突き抜けるような晴天、とは程遠いがそれなりに晴れ間の広がっていた青空は随分と薄情だったらしい。

「・・・―――一雨くるんじゃねぇ?コレ」

 会計を終えたらしく肩を並べた彼が、わざとらしく空を見上げて呟く。不吉な予感というのは、当たってほしくない時に限って当たってしまうものだ。

「さっきまであんなに晴れてたのにな・・・」

 何となく、顔を見合わせる。傘、買う?いや、500円が勿体ない。そりゃそーだ。んじゃぁ・・・

 無言の数秒。俺は小さな嘆息、彼は人好きのする笑みを浮かべて。会社までダッシュ五分。何とかならない距離じゃない。

「「走りますか」」

 一足先に駆け出した彼を追って、曇り空の下飛び出した。



「うわぁー降ってきた」
「大粒じゃね?ってかコレ土砂降りんなるぞ」
「戻っちゃう?」
「無駄だろー」

 急に裏切った天気に、慌てふためく街の中。手近な店の軒先は、雨宿りの大人ですぐ定員オーバーになった。雨に追われるように、二人して全力疾走してる。

「ヤベー濡れる、濡れる!」
「傘買えば良かったんじゃねーか」
「500円!牛丼食える!」
「牛丼は今食えねぇよ・・・」
「細かいコト気にしないのー メシ代一回分」

 斜め前を行く男はどこか嬉しそうに、はしゃぎながら。肌を打つ水滴は痛いくらい強い。信号を避けて路地を行く。革靴で蹴る地面は、容赦なく水を跳ね上げた。

 都会の雨なんて、埃だらけで、きっと色んな薬品とか混じってて。汚い以上の何でもないんだろうけど。襟足まで伸びた髪が首筋に張り付くのは、不快じゃない。目の脇を流れてく水も、嫌じゃない。
 周りの人影も少しずつまばらになってく。(きっと大人達はきちんと雨を避けてるんだろう)
 時々すれ違う人々が、ちょっとびっくりしたように俺らを見てる。(そりゃイイ年した男二人が雨に濡れて走ってりゃ当然だ)

 ばしゃばしゃと蹴り上げる水はズボンの裾を濡らして。シャツは肌にべっとり張り付いちゃって。髪もきっと風呂上がり状態。前を走る男だって似たようなモンだ。

「・・・やべ。息上がってきた」
「やだーおやじー」
「お前とタメだ!タメ!!」
「んじゃ会社まで競争!負けたら明日の昼飯!」

 ぐいっとスピードアップした背中を、慌てて追い抜く。ふと見た横顔が、不遜に笑って。

(コノヤロ・・・)

 挑発ってほどでもない挑発にまんまと乗せられて、俺もぐんっとスピードアップしちゃったワケだ。



********



「やだちょっとずぶ濡れじゃない?!」
「傘買わなかったの?誰かタオル持ってきて!!」
「いい年した男が何やってんのよー」

 会社のロビーに転がり込んだのは、ほぼ同時。水滴を振りまきながら倒れ込むように立ち止まった俺らに、社員の目は冷たい。

「・・・バッカじゃないの?」

 突き刺さる声と共に、ふかふかのタオル。

 ごもっともです。開きかけた口は、言葉を発するより酸素補給を優先。隣の男だって肩で息をしながらがしがしと髪を拭いている。整わない息の合間に、少しばかり不服げな声。

「・・・・・・俺のが、早かった」
「・・・・・・いや、同着だ」

 こんなに走ったのは久しぶりだ。高校の体育祭以来だから・・・数えるのはやめておこう。ちょっとずつ心臓が落ち着いてくる。冷たい空気が、汗だか雨だかでぐちゃぐちゃの身体を冷やしてく。

「いやぁ、意外と走れるモンよ、俺も」

 絶対に自分の方が早かったと目で主張しながら、満足げに一息ついたりしている彼に、周囲の反応は冷たい。

「ぜーぜー言ってますよ」
「オフィス濡らさないで下さいね、シャワー使っていいから」
「風邪ひいても移さないように」
「買ってきた物早く出して下さい」
「領収書はデスクの上ね」

 口々に好きなこと言ってくれる彼女達に、ヤツはぐぅの音も出ない。俺は二枚目のタオルで身体を拭きながら、笑いを堪えもせず言った。

「バーカ」

 するとヤツは、へら、と笑って。

「君もね」

 雨は夕立だったらしく、外は早くも陽光が差し始めていた。ちょっとコンビニで待ってればこんなに濡れずに済んだのかと思うと、馬鹿馬鹿しくて笑いが止まらなかったけれど。

「・・・ま、たまにはバカやってもいいんじゃねぇ?」

 見上げたコンクリートの吹き抜けより、雨の方が眩しかった。とりあえず、一ヵ月分くらいの運動を一気にやっちゃったから、明日の筋肉痛は免れないだろうけどな。






メルマガVol.134掲載(2005年8月27日発行)
馬鹿やってる大人が書きたかったのです。牛丼が食べられなかった時期、文章が若い・・・。


// written by K_