UNITE



 深いプールの底へ沈む夢を見ていた。
 青く、青く、透明な水の壁が肌を伝ってゆく。
 息苦しさは無く、ただ沈む感覚だけを感じていた。

「     」

 声が聞こえた気がして目を開けた。
 開ける視界は広く、青く、青く。
 揺れる水面はもう見えない。

「     」

 もう一度、今度はごく近くで声が響いた。
 水を掻き周囲を見渡す。
 水面から差す光が乱反射して瞳を灼いた。

(まぶしい)

 咄嗟に首を振ると、揺れた水が音を立てて肌を舐めた。
 響く声ははっきりとした言葉を持たないまま耳を刺す。
 歓声にも罵声にも似たそれは水を震わせて鼓膜に届く。

(だれの、こえ)

 誰に向けてかも分からず手を伸ばす。
 掴む腕は無く、声だけが響く水中の世界で。
 水面に向かって足を蹴ると少しだけ光が近付いた。



「     」



 目を覚ますとまず騒めきが耳に飛び込んできた。続いて眩い蛍光灯の光とライヴハウス特有の埃っぽい匂い。現れた顔は見飽きるほど見慣れたヤツで。

「あ、起きた」
「・・・寝てた?」
「十分ぐらいね」

 大勢のスタッフが行き交う開演前の楽屋でよく眠れたと我ながら感心する。何か夢を見ていたような気もするが上手く思い出せない。手の平が僅かに汗ばんでいた。

「間もなく開演です!」

 スタッフの声に大きく伸びをして、近くにあったタオルで手を拭う。肌にまとわりつくぬるい空気が心地良い。すぐに熱気を孕むと分かっているから、尚更。

「いけるか?」
「オッケ」
「寝ぼけんなよ」

 からかう声に蹴りで答えて袖へと向かった。渦巻く低音、雄叫びにも似た歓声が近付いてくる。全身に響く音を感じる。

(・・・そうか)

 冷たい何かに沈む夢を見ていた。誰も助けてくれず、何も分からないまま。息苦しさは無く、ただ沈む感覚だけを感じていた。

「・・・なあ、今日の俺すっげーイケそうな気がするわ」

 伸ばした手の先、水面の向こう。恐らくこの手を取ってくれる優しい腕は無いけれど。溢れそうな光を掴めそうな気がした。

(こいつと一緒なら)

 引っ張り上げてくれる腕ではなく。背を押してくれる手でもなく。ましてや優しい助けでもなく。

「・・・期待せずに期待しとくよ」

 返ってきた声に笑ってみせる。どれだけ深く沈んでも見放さないと。心のどこかに小さな確信があった。
 水面の向こうにある何かを、二人で見たいと思った。






メルマガVol.159掲載(2007年3月15日発行)
「ピース」とセット。バンドっぽい感じで二本書きたかったのです^^;


// written by K_