退屈な日々に慣れた惰性。

 昼休みの延長線上、屋上でぼぉっと空を眺めてる。



その壁の向こう側



 細切れの雲が青空にぽつぽつ。
 昼飯のパンとジュースで食欲は満たされて、心地良い陽気の下でぼんやり、うとうと、している。給水塔の影は絶好の昼寝ポイントだと思う。屋上の鍵が壊れていることは、恐らく二年以上の生徒ならほぼ全員知っているだろう。だけど三年以外の生徒は屋上に来ない。それがこの学校の、入学以来の暗黙のルール。
 それでも多分、給水塔の裏側のこの場所は三年でも知ってる奴は少ないんじゃないだろうか。ブレザーのネクタイをだらしなく緩めて空を眺める。紙パックのジュースを一口。遠くで本鈴が鳴った。



 涼しい風が気持ちよくていつの間にか少し眠っていたらしい。ぼーっと目を開けると、急に人の顔がにゅっと出てきて思わず硬直してしまった。

「・・・・・・お目覚めか?」

 胸元のバッジは紺色・・・三年生の色だ。茶色い髪がさらさらと風になびいて、紡ぎ出されたのは少し低くて柔らかい声。光の加減で茶色に見えるその瞳に自分の間抜け顔が映っているのを見て、思わず裏返った声が飛び出た。

「せ、生徒会長?」
「・・・せめて名前で呼べないのか」
「えっと・・・・・・・・・」

 校内でこの人の顔を知らない奴なんていないだろう。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能な会長様。名前・・・名前ね。

「名前、何だっけ・・・」

 変な話だけど会長の顔を知らない奴は居なくても、名前までちゃんと覚えてる奴はそう多くない。“会長”で話は通じてしまう。目の前の会長様はじぃーっと顔を覗き込んだまま眉一つ動かさない。ドイツかどっかのクォーターって噂だけど・・・そのお綺麗な顔で無表情は、怖いんですが。

「・・・お前、面白い奴だな」
「は?」
「うん、面白い」

 てっきりサボりを咎められるかと思っていたら、いきなり彼は笑った。それこそ声に出して盛大に。どう反応を返していいのか分からずに仕方なく起き上がった。隣に座った彼はまだ笑っている。悪いが何がそんなに面白いのか分からん。

「・・・俺、何か面白いこと言った?」
「俺に面と向かって名前訊く奴、そうそう居ないぜ」
「だって覚えてねぇんだから訊いて当然だろ?」

 そう言うとまた腹抱えて笑ってる。顔の綺麗な奴はこんなに爆笑してても崩れないから得だ。にしても今は五限の授業真っ最中・・・のはず。

「で。真面目な会長がこんなトコで何してんの?」
「あ?お前、俺が授業受けてるように見えんのか?」
「見えない」
「じゃぁお前と同じ、ってことだな」

 サボりですか、生徒会長様自ら屋上でサボりですか。突っ込むべきなのかどうかを真剣に悩む。確か成績は学年首位だったような。

「あー・・・授業、出んでいいの?」
「そりゃお互い様だろ」
「・・・そうっすね」

 会話が続かない・・・何も話題が無くて黙っていたら、隣でごそごそポケットから何か取り出した。それを横目で見て思わず絶句する。

「お前もいる?」

 ちょっと、というかかなり信じがたいその光景を凝視していたからだろうか。視線の意味を取り違えた彼がほい、と差し出してきた。

 マルボロ、メンソールしかもソフト。

「・・・いや、俺はいい・・・」
「あっそ」

 意外・・・いや別に今時の高校生、煙草ぐらい吸ってたっておかしかないですが。目の前のこの人は生徒の間でもかなり真面目で通っていて。フィルターを銜えて火をつけて、気怠げに前髪をかきあげるその仕草が妙に慣れてるのは何ででしょうか・・・?

 風に揺れる髪を眺めながら、真面目で通ってる生徒会長の横顔を見た。



「・・・じゃ、そろそろ部活行くかな」

 ゆっくり煙草三本を吸い終えた会長様が立ち上がる。結局何も喋らないまま、二人でぼんやりと空を眺めてた。そしてフェンスに手をかけた彼を見て、まだ訊いてなかったことに気付いて。

「あ、名前!」

 そう、叫んでみたけれど。彼は振り返り、唇を歪ませて笑った。

「次ここで会ったら教えてやるよ」
「・・・は?」
「それまでに煙草ぐらい覚えとけ、ゆーとーせー」

 ひらひらと振られた手は逆光で見え隠れ。給水塔の向こうに消える背中が、ふわりと揺れた。逆光で見えない表情のままその左手が閃く。

 思わず受け取った手の中に残ったのは、中身が二本のマルボロメンソール(ソフト)

 もう一度、ひらひらと手を振って今度こそ給水塔の向こうに消えてゆく。その背中を見送りながら冷たいコンクリートに背を預けた。



「・・・火、持ってねぇっての・・・」

 煙草寄こすならライターも置いてけ、生徒会長様。逆光で見えなかったはずの表情が脳裏に浮かんでは消える。端正に整った顔、口端を吊り上げて笑う癖。その、明るい瞳と髪の色。

 たった二時間の、言葉すらろくに交わさない時間の中で見つけたものは。

「面白いヤツじゃん」

 惰性で繰り返される日常に突き立てられた一本の矢。手折るも、抜くも、撃ち返すも自分次第。
 まずは手始めに、その壁に撃ち込んでみようか。優等生の表面の奥には何がある。壁を、壊してみようか。

 手の中にはマルボロメンソール、くしゃくしゃになったソフトケース。火をつけないままフィルターを噛むと香るのはミント。

 次に会うときは、名前を。それまでは知らないまま過ごしたって構わないから。彼について知る事象は、彼の口から紡ぎだされるモノだけで良い。そしてその次には何を訊こう。一本ずつ撃ち合う矢で、さぁ何処から壊そうか。



 給水塔の影でマルボロを噛みながら、またあの皮肉な笑みを見るのはそう遠くない未来だろうと。
 何故か確信して、銜えた煙草を二つに折った。






メルマガVol.88&Vol.92掲載(2004年6月&8月発行)
いかにもBLくさいというかラノベというか中二。続きません。


// written by K_