重奏する 『君の努力は認めるよ。けれど』 それ以上は聞かなくても分かった。どうせ毎回同じ言葉が続くのだ。 若いから、女だから。 あぁどうして飽きずに同じ台詞を繰り返すことが出来るのだろう。上司の申し訳なさそうに繕った表情の奥に嘲りと憐れみが見え隠れする。君も懲りないねと言われているようで腹立たしい。あたしは机の上、ほとんど手の付けられる事のなかった企画書を奪うように引ったくり、どすどすと地を踏み鳴らして席に戻った。 「なんか機嫌悪い?」 「・・・別に」 黙々と料理を口に運ぶあたしに彼は曇った表情を見せたけれど、ちょっと傾げた首を元に戻すと食事を再開した。箸を持つ手はあたしのそれより一回り大きい。傾けたグラスの中身を飲み干すのに上下する喉。さっき固くて開かなかったビンの蓋を、難なく開けてみせた力強さ。 (ちょっとだけ羨ましい) 努力をしても届かないのは、本質が違うのだから当然だ。 「・・・男になりたい」 ぼそりと呟いたのは心の中のつもりだったのに。彼は幾度か瞬きを繰り返して、思い出したように口を動かした。大袈裟な仕草で飲み込んで、空のグラスを持ち上げてテーブルに戻す。 うん、それさっき飲み干したばっかだもん。 「男になりてぇの?」 「うん」 「なんで?」 答えずに食べ終えた皿を片付ける。いつもよりも少し乱暴にスポンジを掴むと、伸びてきた腕に奪われてしまった。取り返そうとめいっぱい伸ばしても届かない。頭一つ分の距離だけ高い位置に掲げられた手。 「なんで?」 幾分トーンの落ちた声は、苦笑混じりの表情とは裏腹に真剣で。 「男になりたい」 あたしはもう一度同じ台詞を呟いて息を吐く。聞き出そうかどうしようか悩んでいる彼の気配を感じながら、言うつもりもないのに同じ言葉を繰り返す。 「・・・俺は困るよ、お前が男になるの」 「どうして」 背中も胸も、あたしよりもずっと大きい。抱き込まれると身動きが取れなくなるのは物理的な理由のせいにしても。頭上から落ちてくる低い声は、あたしの動きを縛るには充分だ。 「お前が男だったら、こうやって俺と恋愛できないだろう」 宥めるように髪を撫でる手が優しすぎて、あたしはぎゅっと目を瞑る。 このまま明日になれば今日の事など忘れて懲りもせずに企画書を練るのだろう。そうして何度突き返されても、あたしはめげずに何度も挑戦するのだ。 (アンタがいるから) 「・・・もうちょっと、頑張る」 「ん。男になりたいとか言うなよ」 「・・・・・・」 「え、沈黙?」 くすくすと笑う、鼓動が響く。笑い声は重なって響いて、ささくれ立った神経を見事に落ち着かせてくれる。ざわざわと胸を騒がせるのは一人じゃなくて。 (アンタが、いるから) あたしはもう少しだけ、頑張れる気がするのだ。 メルマガVol.162掲載(2007年5月15日発行) 「浸透する」からのカップル日常シリーズ?二作目。 // written by K_ |