faraway



 真っ青な空を見ていた。
 ただ、真っ青な空を、見ていた。

 冬の空気は切るように冷たく、頬に触れる外気はナイフみたいに。目を伏せて、乾いた土を踏みながら、コートの襟を立てて歩いていた。吐く息が白い。あぁ、きっと彼の上に広がる空も高く、青く、澄んでいるのだろう。

 笑みを噛みながらそんな事を思う。

 ポケットに突っ込んだ手が冷たい。ぎゅっと握り締めて、手袋を忘れてしまった自分を心底呪った。風が強くて、セットした髪を乱す。カサカサになった唇が痛くて、でもリップクリームを鞄から出す時間の寒さを思うと手は止まった。

 冷たい土をブーツで踏む度、小気味良い音がする。一人分の足音が街路樹のざわめきの中を駆け抜ける。

 寒がりだと笑って、指を絡めた感触を。乾いた唇が、微かに触れ合った温度を。笑い合う、鼻先に霧散した白い吐息を。何度も行き来した並木道が映す四季を。
 記憶の断片としてではなく、今も鮮やかに脳裏に浮かぶ。目を閉じて歩けばほら、彼の足音が隣に響く。淋しい掌をぎゅっと握って、指先が食い込む感覚に眩暈さえ覚えた。

 きっと彼の上にも広がる青い空の下、一人で歩くことにもう慣れてしまった。ぽっかり空いた左肩に、寒さを覚えることさえ。鼓膜を震わせる足音が一人だという事を、強い風に揺れる街路樹は教えてくれるから。美しく色を変える葉が四色を巡らせた今、貴方は遠い異国の地に居る。

 この真っ青な空だけは、貴方の上にも広がっている。流れる雲の速さも、一つ暖かい太陽も、貴方の上には同じように。微かに緩む口元を隠すように目を伏せながら、同じブーツの足音を鳴らす。吐息が随分と白くなってしまった。

 指を絡めることも、乾いた唇が触れ合うことも。鼻先を合わせて笑うことも今は叶わないけれど。何度も行き来した並木道が映す美しい四色の葉を、貴方に伝えたい。ただ青い空を眺めながら、貴方の上に広がる空も青いのだと伝えてほしい。
 冷たい手を我慢して、素早く腕時計の時間を見た。異国の地は真夜中。貴方の懐かしい声を聴くには、あと数時間の我慢が必要なようです。

 乾いた土を蹴って、街路樹の声に耳を澄ませた。頬に触れるナイフのような冷気にコートの襟を立てながら、またポケットに戻った手を握る。

 ざわざわと歌う風の声が、冬の訪れを告げていた。この真っ青な空の色が、貴方の上に繋がっていますように。あと数時間経てば、きっと起きたばかりであろう貴方の元に伝えにゆくから。

 真っ青な空を見上げた。
 ただ、真っ青な空を、見上げて。

 懐かしい貴方を想い、目を閉じた。






メルマガVol.112掲載(2004年12月発行)
海外との遠距離恋愛のイメージで。


// written by K_