シネマ



 しとしとと降り続く雨の中。大きすぎる蝙蝠傘の直径分、乾きつつあるアスファルト。

 彼女は古びたバス停で、何かを待っている。駅名もかすれて読めない寂れた掲示板のみが立つこのバス停で。そこだけ真新しく塗られたガードレールにもたれ、ずっと何かを待っている。何度も何度も時計に目をやり、時刻表を見てはため息をついて。時折空を見上げて落ちてくる水滴に綺麗な顔立ちを顰めて見せ。落ち着きの無い様子で、真っ白なスカートが濡れてしまうのも構わずに。

 降っているのか、もう止むか。そんな霧雨の中で、もう30分以上も。
 俺はそれをずっと眺めていた。

 田舎の寂れたバス停にバスが来るのは二時間に一本。次のバスまであと、一時間足らず。

 彼女は今、何を思ってあそこに立っているのだろう。真新しいガードレールにもたれて、掲示板の錆を綺麗な指で弄ってはそこにこすり付けて。何を思って、誰を待っている?もしかしたら俺と同じ気持ちなのかもしれない。ふわりと広がった白いスカートが、傘からはみ出て少しずつ色を変えている。彼女はそわそわと停留所から道を伺い、そうしてまた元の場所へと戻った。時計に目をやり、ため息。さっき時刻を確認してから、そう幾許も経っていないというのに。

 もし叶うなら、俺と彼女を一時間後へ連れ去ってくださいと。いくぶん雨脚が弱まったように見える空へ願う。道の両側を遥か見渡してみても、続くのは鈍色の暗雲のみだけれど。出来るならこの空に、今すぐにでも晴れ間が見えるようにと。

 視界が不自然な雨粒でさえぎられ、彼女の姿が消えた。代わりに現れたのは黒い傘の柄、握るのは華奢な白い手。俺はワイパーを動かし、助手席のロックを外す。現れたのはこんな曇り空の下でも眩しいくらいの金。君の色だ。助手席を開け、迎え入れる。大きな蝙蝠傘からぼたぼたと垂れる雫が、すぐにラバーシートの色を変えた。

『ごめん〜お待たせ』
『遅ぇよ』
『ごめんってば。凄い混んでて・・・・・・って、何見てんの?』
『映画のワンシーン』

 眉をひそめ首を傾げる君に意味深な笑みを一つ投げ、車を発進させた。

 あのあと彼女も、愛しい笑顔に逢えたのだろうか?
 映画のエンドロールの背景に彼女の笑顔が映ることを小さく祈り、隣に座る君の笑顔を盗み見た。






メルマガVol.35掲載(2003年5月発行)
タイトルどおりショートフィルムのような雰囲気が出せればと。


// written by K_